――良い製品を生み出すのは、認証書でも設備でもなく、機能する組織と人である
私は長年、製造業の品質保証と品質管理の仕事に携わってきた。
規模の大きな企業では、技術の進化、事業の成長と衰退、大きな組織ならではの強みと弱みを見てきた。
その後、規模の異なる企業でも品質業務に携わり、人員不足、高齢化、兼務、外部委託への依存、品質人材の不足といった現実にも直面してきた。
大企業と中小企業では、会社の規模も経営資源も異なる。
しかし、良い製品を生み出すために必要な本質は同じだと思っている。
それは、
目的に向かって機能する組織を作り、その組織を動かせる人を育てること
である。
ISO 9001認証だけでは品質は上がらない
私は、ISO 9001を無条件には評価していない。
長年、品質の仕事をしてきたが、ISO 9001の認証を取得しただけで品質が向上した会社を、ほとんど見たことがないからである。
多くの会社では、認証を取得し、維持することが目的になる。
監査前になると各部門へ資料提出を求め、不足した記録を整え、審査員との間で着地点を調整する。
そして認証が継続されれば、QMSが有効に機能していると考える。
しかし現実には、
- 同じ不良が再発する
- 是正処置が定着しない
- 部門間で責任転嫁が起きる
- 品質問題が品質部門へ集中する
- 監査が終わると活動が止まる
ということが珍しくない。
ISO 9001は、品質の高さを保証する認証ではない。
品質を作る組織がすでに存在し、その仕組みに抜けがないかを確認するための道具にすぎない。
したがって、順序は、
ISOに会社を合わせる
のではなく、
良い製品を生み出せる会社の仕組みを作り、それをISOで説明する
でなければならない。
品質保証体系図は、会社全体の設計図である
品質は、品質部門だけで作るものではない。
営業は、市場や顧客が何を求めているのかを把握する。
企画は、その要求を商品構想へ落とし込む。
開発・設計は、構想を具体的な仕様と製品へ変える。
資材・購買は、要求を満たす部品と供給者を選ぶ。
生産技術は、設計された製品を安定して作れる工程を構築する。
生産部門は、その工程と標準に従って製品を作る。
品質部門は、設計、購入部品、工程、出荷、市場品質の妥当性を確認する。
物流部門は、製品を損傷や誤配なく顧客へ届ける。
アフターサービスで得られた市場情報は、再び企画、設計、生産へ戻される。
そして、これらの組織を作り、責任と権限を定め、人員、時間、設備、教育などの経営資源を配分するのが経営者である。
この流れを示すのが、品質保証体系図である。
品質保証体系図は、監査のための箱と矢印ではない。
各部門が、
- 何を受け取るのか
- 何を判断するのか
- 何を保証して次工程へ渡すのか
- 異常があればどこへ戻すのか
を示す、会社全体の品質活動の設計図である。
体系図が実際の業務と一致し、責任と情報の流れが機能していれば、ISOの版が変わっても、大きく仕組みを作り直す必要はない。
良い組織とは、全体最適で動く組織である
私の理想とする組織は、技術や品質への誇りを持ち、部門の壁を越え、共通の目的に向かって問題を解決する組織である。
各部門が自分の効率だけを求めれば、会社全体は良くならない。
営業、設計、購買、生産技術、生産、品質、物流が、それぞれの部門目標だけを守るのではなく、
良い製品を、必要な時に、適切な品質とコストで顧客へ届ける
という一つの目的で動く必要がある。
しかし現実には、部門最適、責任回避、短期利益、納期優先によって、会社全体の目的が見失われる。
だからこそ、経営者が共通目的を明確にし、組織全体が同じ方向へ動くようにしなければならない。
組織論を突き詰めると、最後は人と教育になる
どれほど良い設備、AI、検査機、システム、手順書を用意しても、それを使う人が理解していなければ機能しない。
設備を操作できることと、工程を理解していることは別である。
作業手順を覚えていても、
- なぜその条件が必要なのか
- どの異常が品質へ影響するのか
- どこまでなら許容できるのか
- 異常時に何を止めるべきか
を理解していなければ、想定外の問題には対応できない。
教育に必要なのは、単なる操作方法ではない。
必要なのは、
知識、技能、経験、判断力、責任感
である。
これを私は、「理解した力量」と考えている。
教えられた作業ができるだけではなく、なぜそうするのかを理解し、条件が変わった時に自分で考え、判断できる力量である。
さらに、理解していても責任感がなければ、品質は守れない。
異常に気づいても、面倒だから流す。
判断すると自分の仕事が増えるから、後工程へ送る。
確証がないからという理由で、疑義品を隔離しない。
これは「判断できなかった」のではない。
リスクを後工程へ移す判断をした
のである。
品質に関わる人材には、
- 異常に気づける
- 疑義品を止められる
- 悪い情報を報告できる
- 結果まで責任を持って追跡できる
という行動が必要である。
教育には時間が必要である
短時間のOJTを行い、すぐに一人で作業を任せる。
このようなことが、現場では実際に行われる。
しかし、数時間の説明で確認できるのは、作業手順を覚えたかどうかだけである。
単独作業を任せるには、
- 繰り返し作業で安定しているか
- 材料やロットが変わっても対応できるか
- 設備停止後に正しく再開できるか
- 異常を見分けられるか
- 停止、隔離、報告ができるか
を一定期間確認しなければならない。
基礎的な作業者でも、独り立ちまでには一定の教育期間が必要である。
品質判断を任せる人材なら、さらに長い実務経験が必要になる。
教育時間だけを記録しても、力量は証明できない。
どのような案件を経験し、どのような判断を行い、その結果を誰が確認したかを残す必要がある。
作業者ミスは真因ではない
品質問題が起きると、部門責任者や外注先から、
新人作業者のミスだった
教育不足だった
作業者が間違えた
という説明がよく出てくる。
しかし、作業者が未熟であったなら、
- なぜ単独作業をさせたのか
- 誰が力量を認定したのか
- 監督者はいたのか
- 初期流動管理は行ったのか
- 異常を検出する工程になっていたのか
を問わなければならない。
「作業者ミス」は現象であり、真因ではない。
真因は、
未認定者を工程へ投入した管理判断
人が間違えても流出する工程設計
不十分な教育・監督体制
にある。
作業者を交代させるだけでは、別の作業者が同じ失敗を繰り返す。
未然防止は、人に注意を求める前に設計で行う
人は必ず間違える。
したがって、良い設計とは、優秀な作業者だけが良品を作れる設計ではない。
普通の人が、普通に作業しても、安定して良品になる設計である。
- 組立方向を間違えにくい
- 逆付けできない
- 部品ばらつきがあっても成立する
- 多少作業が荒くても壊れない
- 異常があればその場で分かる
- 後工程へ流れにくい
というロバストな設計が必要である。
未然防止の優先順位は、
- 間違えられない設計
- 間違えても壊れない設計
- 間違えたらすぐ分かる工程
- 後工程へ流さない検査
- 最後に教育で補う
である。
ただし、基本的な管理ルールすら徹底できない人もいる。
目に見えにくいリスクは、即時故障につながらない場合があるため、危険を軽視されやすい。
だから教育だけでなく、
- 確認装置
- 常時監視
- 入場管理
- 管理者巡回
- 違反時の停止
といった、守れているかを確認する仕組みも必要になる。
それでも最終的には、誰も見ていなくても決められたことを守れるかという、人の責任感が問われる。
技術の歴史を知らなければ、問題を解けない
製造設備や生産技術は、長年のトラブルと改善を取り込んで進化してきた。
後発の企業は、完成度の高い設備を購入できる。
しかし、その設備がなぜその構造になったのか、過去に何が問題だったのかまでは知らない。
設備が高度化するほど、通常運転では人の能力が問われなくなる。
しかし、想定外の異常が起きた時に、歴史と原理を知らなければ、トラブルシューティングに時間がかかる。
設備メーカーを呼び、ユニットを交換すれば復旧できるかもしれない。
しかし、それでは自社に問題解決能力が残らない。
歴史とは、単なる昔話ではない。
- 過去に何が壊れたのか
- なぜ管理項目が追加されたのか
- どの変更で歩留まりが崩れたのか
- どの兆候が重大不良の前触れだったのか
- どの対策が失敗したのか
という、問題解決のためのデータベースである。
しかし、その知識を残しても、受け取る人がいなければ継承されない。
教育しても理解できない場合がある。
理解しても責任感がなければ、判断には結び付かない。
知識を残す仕組みと、それを受け止められる人の両方が必要である。
外注しても、技術と品質責任まで外注してはならない
製品を外部の供給者へ依存する会社ほど、自社側に高い技術力が必要である。
外注すれば、自社で作る必要はなくなる。
しかし、
- 要求仕様を決める
- 設計の妥当性を確認する
- 重要特性を定義する
- 供給者の工程を評価する
- 不具合解析の妥当性を見抜く
- 変更を管理する
- 市場品質に責任を持つ
ことまでは外注できない。
自社ブランドで販売する以上、最終責任は自社にある。
外部依存が高まり、自社で製品を理解する能力が失われると、
供給者の説明をそのまま受け入れる
真因まで追えない
同じリスクを次の商品へ持ち越す
さらに外部依存が進む
という悪循環になる。
外注化しても、製品理解と品質責任まで手放してはならない。
工場を持つ意味を問わなければならない
工場を持つこと自体が強みではない。
工場を持つ意味は、
- 自社でしかできない技術がある
- 品質や納期を自社で支配できる
- 製品理解と改善能力が蓄積される
- 人材が育つ
ことにある。
主要部品や製品技術を外部へ依存し、自社工場が主に組立だけを行い、製品への造詣も蓄積されないのであれば、工場は強みではなく、管理対象と固定費になる。
その場合は、
- メーカーとして再投資する
- ファブレス・商社型へ転換する
- 他社の要求に基づく受託生産へ特化する
という事業モデルを選ぶべきである。
一番危険なのは、
メーカーとして自社ブランド責任を負う
技術は外部へ依存する
工場も維持する
人材へ投資しない
品質問題は少数の担当者へ集中する
という中途半端な状態である。
何でも持つことが強さではない。
自社が責任を持って管理できる能力を見極め、そこへ資源を集中することが強さである。
品質責任者は、社内で育てるべきである
品質責任者は、ISO規格を知っているだけでは務まらない。
- 製品固有の弱点
- 過去不良
- 顧客要求
- 設計の経緯
- 工程能力
- 供給者の特徴
- 社内の人間関係
- どの情報が信頼できるか
を理解していなければならない。
本来、品質責任者は部門内から育てるべきである。
規模の大きな企業であれば、別部門や別事業からのジョブローテーションも有効である。
社内風土、意思決定、会議体、社内ルールを理解しているため、外部採用よりなじみが早い。
一方、品質責任者を外部から急に採用しなければならない会社は、品質人材を社内で育ててこなかった可能性が高い。
外部人材を採ること自体が悪いのではない。
しかし、責任だけを与え、製品を学ぶ時間、権限、人員を与えないなら、品質責任者は書類管理と問題処理に追われるだけになる。
品質人員は、問題が起きた時だけ増やすものではない
多くの会社では、品質人員の要求は通らない。
しかし、大きな品質問題が起きると一時的に人員を増やす。
問題が収束すると、また人が取られる。
そして次の問題が起きる。
これは、品質部門を消防隊として扱っている状態である。
本当に必要なのは、問題が収束した後である。
- 原因解析
- 恒久対策
- 水平展開
- 標準改訂
- 教育
- 効果確認
- 未然防止
まで行わなければ、組織能力は向上しない。
問題が見えなくなった時点で人を減らせば、再発防止の仕組みは定着しない。
品質人員は、火を消すためだけでなく、火事が起きにくい組織を作るために必要である。
会社は、経営者の能力以上には発展しない
経営者は、「品質第一」「より良いものを、より安く」と理想を語る。
しかし、本気度は言葉ではなく、経営資源の配分に表れる。
利益が出ているにもかかわらず、
- 品質人員を増やさない
- 教育時間を与えない
- 設備更新をしない
- 不具合解析へ費用を出さない
- 供給者育成を行わない
- 技術人材を育てない
のであれば、品質第一とは考えていないということである。
「より良いものを、より安く」は、安い部品と少ない人員で実現するものではない。
- 設計を簡素化する
- 部品点数を減らす
- 直行率を上げる
- 手直しと選別を減らす
- 工程能力を高める
- 人材を育てる
ことによって実現する。
安い部品や外注先を選ぶだけなら、それは原価低減ではなく、品質リスクの先送りである。
経営者の能力とは、利益を出す能力だけではない。
利益を人、技術、設備、品質へ再投資し、会社の能力へ変える力
である。
会社は、経営者が理解できる範囲、判断できる範囲、資源を投入できる範囲を超えては成長しない。
私が考える良い組織
私が考える良い組織とは、
- 会社の目的が明確である
- 各部門の責任がつながっている
- 悪い情報が隠されない
- 現場・現物・現実を重視する
- 人を責める前に、仕組みを見直す
- 問題を真因まで追う
- 過去の失敗から学ぶ
- 人を教育し、判断経験を与える
- 責任ある行動を評価する
- 技術と品質を次世代へ継承する
- 経営者が必要な資源を投入する
- 全員がより良いものの創出を目指す
組織である。
良い設備やシステムだけでは、良い製品は生まれない。
優秀な個人だけでも、継続はできない。
良い製品を生み出すのは、
共通の目的を持つ組織
その組織を動かす人
人を育てる教育
正しい行動を支える文化
そして、それらへ資源を投入する経営者
である。
これが、私が長年の品質実務を通じてたどり着いた組織論である。
